3-11



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もう1年にもなるのですね。

2011年のあの日、ここ浜松でも大きくゆっくりとした揺れを感じました。

その後、地面を舐めていく大津波の映像が生中継され、
いよいよこれは大変なことが起こったと理解したのでした。

どんよりと曇った午後でした。

一晩中断片的に入ってくる被害状況、続く余震、
テレビや携帯電話が余震の度に警報音を発し続けていました。

夜が明け、前日と違い高層雲のたなびく空を見上げました。
そうしているとだんだんと実感が湧いてきて、
同じ空の下で大変なことが起きてしまったんだ、
1000年に一度の地震がまさか自分の生きている間に起こるなんて、と、
絶望感に近い、しかし身の引き締まるような、不思議な感覚が心を支配しました。




あれから1年経ちました。

犠牲になってしまった多くの方々のご冥福を心よりお祈りするとともに、
未だに行方不明の方々の一日も早い発見を願うばかりであります。

そして、我々は1000年後に生きているであろう子孫たちに、
この未曾有の大災害を語り伝え、忘れさせないようにしていくことが、
1年後の今日を生きる我々にできる最大の供養であると思うのです。



本当に大切で必要なモノは、窮した時にわかったりするものです。
モノ、人に限らず、胡散臭く嘘や誤魔化しに塗れたものが崩れていった、
そんな出来事でもあったように思うのです。

近々起こるであろうと言われている関東付近での余震や、
東海地震、東南海地震などで同じ轍を踏まないように、
今回大切だとわかったモノを大切にして、
しっかり対応していくべきと思うのです。


NEVER GIVE UP !! NEVER FORGET !!


comment

Secre

No title

一年前の今日なんですよね・・
今でもはっきりと覚えています、時間を追うごとに判る被害の甚大さ
命令を待つことしかできない不甲斐無さ
即応の名前は何のために冠されているのか・・・・・・

政府は今回の災害で判った問題を早急に解決してほしい
災害に対する備え、部隊の運用、リーダーの判断力、そして法の問題

失われた命は、決してよみがえらない
だからこそ二度と同じ過ちを繰り返してはいけない

幸運にも生き延びられた我々はそのことを肝に銘じてこれからを精一杯生きて行きましょう

No title

>呑憲くん
即応の、存在はさせるけど運用はまだ・・・という問題点が浮き彫りになりましたね。
また、今回の震災で色々と感じ、考えたことで、
毎年9月に行われる総合防災訓練にこれまでと違う角度から取り組むことが出来たし、
訓練に本当に必要なことは何なのかが理解できた。

2万人近い死者、行方不明者は、身をもって我々に教えてくれたんだと思う。
プロフィール

まーすぃ軍曹

Author:まーすぃ軍曹
サバゲチーム"H.S.S."元会長

銃口管理と楽しいサバゲの伝導師として日本のサバゲを元気にします。

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